ブラジルを超えるときがきた。
ブラジル戦。
この言葉には、普通の代表戦とは違う響きがあります。
今夜から日付が変わった、2026年6月30日午前2時。
日本代表はブラジル代表と戦います。

サッカーを見てきた人間にとって、ブラジルはずっと特別でした。
黄色いユニフォーム。
自由なボールタッチ。
一瞬で試合を変える個人技。
楽しそうなのに、最後は勝っていく強さ。
ブラジルは、ただ強い国ではありません。サッカーそのものを世界中に広げてきた国です。
ペレがいた。
1958年、1962年、1970年。ワールドカップを3度制し、サッカーを世界の共通言語にした存在です。
ジーコがいた。
ブラジルの10番として世界を魅了し、その後、日本に来て鹿島アントラーズの礎を作りました。そして2002年から2006年まで日本代表監督を務め、日本サッカーにも深く関わった存在です。
ブラジルは、日本が遠くから憧れた国であり、学んできた国でもあります。
でも、サッカーの歴史はブラジルだけのものではありません。
日本にも、日本のサッカーを背負ってきた人たちがいます。
釜本邦茂がいた。
日本がまだワールドカップに届く前の時代に、世界を相手に点を取ったストライカー。1968年、メキシコ五輪で得点王になり、日本サッカーに「世界で戦える」という記憶を残した選手です。
その思いは、次の時代へ引き継がれていきました。
ラモス瑠偉がいた。
三浦知良がいた。
中山雅史がいた。

1993年10月28日。
ドーハの悲劇。
ワールドカップまであと少しのところで、日本は届きませんでした。
あと数分。あとひとつ。あと一歩。
日本中が、世界の扉の前で立ち尽くした夜でした。
でも、あの悔しさがあったから、日本サッカーは終わらなかった。むしろ、そこから本当の意味で始まったのだと思います。
1997年11月16日。
ジョホールバルの歓喜。
中田英寿のシュートから、岡野雅行が押し込んだ決勝ゴール。日本は、初めてワールドカップへの扉をこじ開けました。
届かなかった時代から、届かせる時代へ。
夢だった場所が、現実の舞台に変わった瞬間でした。

1998年、フランスワールドカップ。
日本代表は初めて世界のピッチに立ちました。
結果は3戦3敗。
でも、あの大会をただの敗退とは言いたくありません。日本が初めて、ワールドカップという場所に自分たちの名前を刻んだ大会です。
1998年6月26日。
ジャマイカ戦。
中山雅史は、日本のワールドカップ初ゴールを決めました。一方で、三浦知良は最終メンバーから外れました。
歓喜だけではない。
悔しさだけでもない。
届いた人がいて、届かなかった人がいる。
だからこそ、日本代表の歴史には重みがあります。
同じ1998年、ブラジルにはロナウドがいました。
怪物ロナウド。
日本がようやく世界の入口に立った頃、ブラジルはすでに世界の頂点を争っていました。
日本が「ワールドカップに出ること」を目指していた時代に、ブラジルは「ワールドカップを獲ること」を背負っていた。
その距離が、当時の日本とブラジルの距離でした。

2002年、日韓ワールドカップ。
日本は初めてベスト16へ進みました。
出るだけではない。勝って、次へ進む。
日本代表は、確実に前へ進みました。
この時代には、名波浩がいました。
左足で試合の流れを作り、日本代表の中盤に技術と落ち着きを持ち込んだ選手です。
中村俊輔もいました。
世界で通用する左足を持ち、日本サッカーに「技術で世界と戦う」という感覚を見せてくれた選手です。
宮本恒靖もいました。
2002年の日本代表で守備を支え、キャプテンとしてチームをまとめた選手です。その後、宮本は日本サッカー協会の会長となり、今は日本サッカー全体を背負う立場にいます。
日本代表の歴史は、選手が引退して終わるものではありません。
ピッチに立った人たちが、監督になり、コーチになり、会長になり、次の代表へ経験を渡していく。
その積み重ねが、今の日本代表を作っています。
一方、その2002年大会で世界の頂点に立ったのはブラジルでした。
2002年6月30日。
決勝でドイツを破り、ブラジルは5度目のワールドカップ優勝を果たしました。

ロナウド。
リバウド。
ロナウジーニョ。
ロベルト・カルロス。
あのブラジル代表は、強いだけではありませんでした。
うまくて、速くて、怖くて、楽しい。
サッカーに夢中になる理由が、全部詰まっていたチームでした。
そして2006年6月22日。
ドイツワールドカップ、日本対ブラジル。
日本は玉田圭司のゴールで先制しました。あの瞬間、日本は確かにブラジルを驚かせました。
でも、そこからブラジルは一気に試合をひっくり返しました。
結果は1-4。
日本は、世界との差をもう一度見せつけられました。
そしてその試合が、中田英寿のプロサッカー選手としての最後の試合になりました。

1998年に日本を世界へ連れていった象徴が、最後に向き合った相手もブラジルだった。
これは偶然かもしれません。
でも、サッカーの記憶としては、あまりにも大きい。
中田が最後に倒れ込んだピッチの向こう側に、ブラジルがいた。
日本が追いかけてきた国。
日本が学んできた国。
日本が何度も跳ね返されてきた国。
その相手が、最後にそこにいた。
2006年の日本代表を率いていたのはジーコでした。
ブラジルの英雄が、日本代表を率いてブラジルと戦った。その試合が、中田英寿の最後の試合になった。
日本とブラジルの関係は、ただの対戦成績だけでは語れません。
憧れ。
指導。
敗北。
挑戦。
いくつもの線が重なって、今日のブラジル戦につながっています。
その後、日本代表はさらに歩みを進めました。
2010年、岡田武史監督のもとで、日本は南アフリカワールドカップのベスト16へ進みました。
派手ではなくても、現実的に勝つ。世界大会でどう生き残るかを、日本代表がもう一度覚えた大会でした。
長友佑都は、その2010年から日本代表として世界と戦い続けてきました。
2010年、2014年、2018年、2022年。
南アフリカで世界とぶつかり、ブラジルで悔しさを味わい、ロシアでベルギーにあと一歩まで迫り、カタールでドイツとスペインに勝った。
その全部を、長友は選手として知っています。
長友のすごさは、過去の代表を知る人が、まだ今の代表の中にいることです。
昔の代表が教える側になって戻ってきている。
でも長友は、まだピッチに立つ側として、その歴史を持ち込んでいる。
これも、今の日本代表の大きな強さだと思います。
2018年、ロシアワールドカップ。
日本は西野朗監督のもとでベルギーをあと一歩まで追い詰めました。
2点を先行しながら、最後の最後で逆転された試合。
あれもまた、日本が世界に近づいたことと、まだ越えられていない壁を同時に見せた試合でした。
2022年、カタールワールドカップ。
森保一監督の日本代表は、ドイツに勝ち、スペインに勝ちました。
強豪国に善戦したのではなく、ワールドカップ本大会で勝った。
これは、日本サッカーの見られ方を変えた勝利でした。
でも、クロアチア戦でPK戦に敗れ、日本はまたベスト16の壁に跳ね返されました。
あの時、日本代表をキャプテンとして背負っていたのが吉田麻也でした。
吉田は、長く日本代表の最終ラインを支え、チームをまとめてきた選手です。
2014年、2018年、2022年。
悔しさも、手応えも、世界との距離も、日本代表の中心で受け止めてきた。
長谷部誠がキャプテンとして背負った時代があり、吉田麻也がキャプテンとして背負った時代があり、そして今の代表へ続いている。
日本代表は、急に強くなったわけではありません。
悔しい負け方をした人がいた。
怪我で届かなかった人がいた。
選ばれなかった人がいた。
それでも次の世代に何かを渡してきた人たちがいた。
その積み重ねの上に、今の日本代表があります。
今回の代表にも、選ばれた選手がいます。
早川友基。
大迫敬介。
鈴木彩艶。
長友佑都。
谷口彰悟。
板倉滉。
渡辺剛。
冨安健洋。
伊藤洋輝。
瀬古歩夢。
菅原由勢。
鈴木淳之介。
遠藤航。
伊東純也。
鎌田大地。
小川航基。
前田大然。
堂安律。
上田綺世。
田中碧。
町野修斗。
中村敬斗。
佐野海舟。
久保建英。
鈴木唯人。
塩貝健人。
後藤啓介。
この名前の並びは、ただのメンバー表ではありません。
ここに選ばれた選手がいる。
一方で、ここに届かなかった選手もいる。
怪我で間に合わなかった選手がいる。
コンディションが整わなかった選手がいる。
選ばれずに悔しい思いをした選手がいる。
この舞台に立ちたくても、立てなかった選手がいる。
三笘薫も、そのひとりです。
日本代表の攻撃を大きく変えてきた選手でありながら、今回は怪我によってこの舞台に届かなかった。
代表とは、選ばれた選手だけでできているものではないと思います。
選ばれた選手の背中には、選ばれなかった選手の悔しさも乗っている。
だから今日ピッチに立つ選手たちは、自分たちだけのために戦うわけではありません。
そして、今の日本代表の良さは、ピッチに立つ選手たちだけではありません。
かつて日本代表として世界と戦った人たちが、今度は教える側、支える側になって、もう一度代表と一緒に戦っていることです。
森保一監督がいる。
名波浩コーチがいる。
齊藤俊秀コーチがいる。
中村俊輔コーチがいる。
前田遼一コーチがいる。
長谷部誠コーチがいる。
松本良一フィジカルコーチがいる。
下田崇GKコーチがいる。
そして宮本恒靖は、日本サッカー協会の会長として、日本代表を外側から支える立場にいる。
昔の代表が、過去の思い出として終わっていない。
あの時代に世界と戦った経験が、今の選手たちへ渡されている。
名波が見てきた中盤の景色。
中村俊輔が磨いてきた左足の精度と勝負感。
前田遼一が知るゴール前の感覚。
長谷部誠が世界で積み上げた統率力と基準。
齊藤俊秀が守備で背負ってきた責任。
下田崇がゴール前で感じてきた緊張感。
森保一監督が選手として、そして監督として積み上げてきた代表への思い。
それらが、今の日本代表の中に流れている。
これは、今の日本代表のすごくいいところだと思います。
昔の代表が、ただ懐かしい存在ではなくなっている。
今度は教える側になり、支える側になり、今の選手たちと一緒に戦っている。
そして長友のように、まだ選手としてその中にいる人もいる。
過去の日本代表が、思い出ではなく、今のチームの中で生きている。
選手が変わっても、代表は途切れない。
背負う人が変わり、立つ場所が変わり、役割が変わっても、日本代表は続いていく。
歴史や国の思いは、選手が変わっても引き継がれていきます。
ペレから、ジーコへ。
ロナウド、リバウド、ロナウジーニョ、ロベルト・カルロスへ。
そして、今のブラジル代表へ。
釜本から、ラモス、カズ、ゴン中山へ。
岡野が扉をこじ開け、中田が世界へ持っていき、名波、中村俊輔、宮本、長谷部、吉田、長友たちがその時代をつなぎ、森保ジャパンへ。
ユニフォームを着る選手は変わります。
でも、その国が背負ってきたものは消えません。
今日のピッチに立つのは、今の選手たちです。
でも、その背中には、これまでの日本サッカーが積み上げてきた時間があります。
ドーハで届かなかった悔しさ。
ジョホールバルで扉を開けた歓喜。
1998年に初めて世界に立った記憶。
2002年に勝って進んだ自信。
2006年にブラジルに跳ね返された痛み。
2010年に現実的に勝ち進んだ経験。
2018年に世界との差をあと一歩まで詰めた記憶。
2022年にドイツとスペインを倒した自信。
そして、選ばれた選手、選ばれなかった選手、怪我で届かなかった選手、教える側になった元代表、支える側に回った人たち。
その全部が、今日のブラジル戦につながっていると思います。
今の日本代表は、もう昔の日本代表ではありません。
ワールドカップに出るだけの国ではない。
強豪国に善戦して満足する国でもない。
ドイツに勝った。
スペインに勝った。
世界の見方を変えた。
日本は、確実に勝ちにいく国になりました。
だからこそ、次に越えたい相手がブラジルなのだと思います。
ブラジルは、憧れでした。
でも、憧れのままでは終われません。
見上げる相手から、向き合う相手へ。
学ぶ相手から、倒すべき相手へ。
今日の深夜2時。
日本代表はブラジルと戦います。
眠い時間です。
でも、これは見たい。
あとから結果だけを見るのとは違います。
その時間に起きていること。
眠い目で画面を見ること。
一つのプレーに声が出ること。
国を背負った選手たちの表情を、同じ時間で見ること。
それも含めて、サッカーの記憶になります。
ただの一試合ではありません。
日本サッカーが、どこまで来たのかを確かめる試合です。
そして、ここから先へ進むための試合です。
ブラジルを超えるときがきた。
憧れだった相手を、倒すべき相手に変える日。
サムライブルー。
いくぜ、ニッポン!!

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