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個性という言葉

自分らしさと、あなたらしさの先に


個性という言葉は、便利だ。

自分らしさ。
その人らしさ。
人と違うこと。
好きなものを好きと言えること。
誰かに合わせすぎず、自分の輪郭を持って生きること。

どれも大切だと思う。

しかし、少し思うことがある。

個性という言葉が、
人を傷つけるための言い訳になっていないか。

「自分はこういう人間だから」
「これが自分のスタイルだから」
「悪気はないから」
「個性だから」

そう言ってしまえば、
何でも許されるわけではない。

個性は大切だ。

でも、個性は免許ではない。

誰かを見下す免許でもない。
誰かを雑に扱う免許でもない。
相手の尊厳を傷つけていい理由でもない。

個性とは、本来その人の中にある形だと思う。

声の出し方。
考え方。
好きなもの。
大事にしているもの。
うまくできること。
どうしても苦手なこと。
今まで生きてきた中で身についた癖や感覚。

そういうものが重なって、その人の個性になる。

だから個性は、簡単に否定されていいものではない。

ただし、自分の個性を大事にすることと、
他人の人権を侵害することはまったく別の話だ。

ここを混ぜると危険になる。

たとえば、
言葉が強いことを「個性」と言う人がいる。

でも、その言葉で誰かが一方的に傷つけられ、
黙るしかない状態になっているなら、
それはもう個性の表現ではない。

それは力の使い方の問題だ。

たとえば、
自分の価値観を持っていることは大切だ。

でも、その価値観で他人の生き方を勝手に決めつけたり、
笑ったり、排除したりするなら、
それはもう個性ではなく、支配に近い。

たとえば、
自由に生きたいという気持ちは自然なことだ。

でも、その自由のために誰かの自由を奪っているなら、
そこには矛盾がある。

自由とは、
自分だけが好き勝手にできる場所のことではない。

自分も相手も、
最低限の尊厳を失わずにいられる状態のことだと思う。

人権という言葉は、少し大きく聞こえる。

ニュースの中の言葉。
法律の言葉。
学校で習う言葉。
どこか遠い話のように感じる人もいるかもしれない。

でも本当は、もっと日常にある。

馬鹿にされないこと。
存在をなかったことにされないこと。
一方的に決めつけられないこと。
怖がらずに意見を言えること。
自分の好きなものを好きと言えること。
失敗しても、人間そのものを否定されないこと。

それが守られているかどうか。

人権は、立派な額縁に入った理念ではなく、
日々の会話の中にある。

お店をやっていると、いろいろなモノたちが来てくれる。

新品のようにきれいなものもあれば、
傷があるものもある。
汚れがあるものもある。
部品が足りないものもある。
名前がわからないものもある。

でも、状態が違うからといって、
そのモノの存在を雑に扱っていいとは思わない。

それぞれをちゃんと見る。
どこが傷んでいるのか。
何が残っているのか。
どう使われてきたのか。
次にどう渡せるのか。

見ることで、価値を戻し、
増やせることがある。

人も同じだと思う。

その人の一部だけを見て、
決めつけて、
ラベルを貼って、
もうわかった気になる。

それは早い。
効率もよく見える。
でも、かなり雑だ。

本当に見るというのは、
もっと時間がかかる。

その人が何を大事にしているのか。
何に傷つきやすいのか。
どんな背景を持っているのか。
どこまでが冗談で、どこからが苦しさなのか。

全部はわからない。

でも、わからないからこそ、
雑に踏み込まないことが必要になる。

個性を大事にする社会というのは、
ただ変わった人を面白がる社会ではない。

目立つ人だけを持ち上げる社会でもない。
強い言葉を言える人だけが勝つ社会でもない。
「自分らしさ」という名前で、誰かが誰かを押しつぶす社会でもない。

本当に個性を大事にするなら、
目立たない人の個性も守らないといけない。

うまく話せない人。
すぐに言い返せない人。
静かに考える人。
集団の中で目立たない人。
怒るのが苦手な人。
傷ついても笑ってしまう人。

そういう人たちの輪郭まで守られて、
はじめて個性という言葉は信用できる。

個性とは、派手な違いだけではない。

静かな違いも個性だ。
弱さも個性の一部かもしれない。
不器用さも個性かもしれない。
人より時間がかかることも、その人のリズムかもしれない。

そこを笑うのではなく、
まず見る。

それだけで、世界の見え方は少し変わる。

自分らしく生きることは大切だ。

でも、自分らしく生きるなら、
他人にも他人らしく生きる余白を残したい。

自分の声を出すなら、
相手の声にも耳を向けること。

自分の好きを守るなら、
相手の好きも雑に扱わないこと。

自分の痛みをわかってほしいなら、
相手にも見えない痛みがあるかもしれないと考えること。

結局、個性と人権は対立するものではない。

人権が守られるから、個性を出せる。

安心して存在できる土台があるから、
人は自分の形を出せる。

土台が壊れている場所で、
個性だけ咲かせようとしても難しい。

だから、自分らしさを語る前に、
まず人を人として扱うこと。

これはきれいごとではない。

社会に生きる上での最低限の設計だと思う。

個性は、誰かを押しのけるためのものではない。

自分の足で立ち、
誰かもその人の足で立っていることに気づくためのものだ。

そして、人権は、
誰かを特別扱いするためのものではなく、
誰も雑に扱われないためのものだ。

自分も。
相手も。
まだ名前のついていない誰かも。

それぞれが、それぞれの形で立っていられるように。

そのために、言葉の使い方も、
距離の取り方も、
見る力も、
少しずつ磨いていきたい。

個性を守るということは、
自分勝手になることではない。

むしろ逆だ。

自分の輪郭を大切にするからこそ、
相手の輪郭にも気づける。

それができて、はじめて本当の意味で、
人は自分らしくいられるのだと思う。




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この記事の著者

原田 景司

“フリマの達人”の母に学び、幼少期から100超のマーケットで仕入れと値付けを覚えた生粋のバイヤー。アパレル業界では20年以上、セレクトショップのバイヤー兼ディレクターとして国内外の最先端ファッションとストリートカルチャーに精通。音楽活動で培った表現力と感性、クライミングや飲食現場で磨いた身体性を融合し、2025年3月、東京・浮間舟渡に「GOOD TRASH SERVICE(グットラ)」を開業。中古を“遊び道具”に成長させる新世代リユースカルチャーを発信し、TRASHをGOODへと変えながら、遊びと学びの交差点からすべての人と成長できる新しい価値を育てている。

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